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シイ企画 > 波乱万丈な薬剤師人生

波乱万丈! プロパー街道!3

入社3年目の4月、組織変更で大阪薬品担当のルートプロパーから病院担当のプロパーに変わる予定だったのが、急遽三星堂本社担当に変わることになりました。

三星堂本社は、当時日本一の卸しで武田薬品を筆頭に多くの大手企業を扱っていました。
しかし、明治は三星堂本社では大きく取り扱ってもらえず、朝卸しに行っても誰にも相手にされない状態が続きました。

これではいけない、どうしよう、どうすれば相手にしてもらえるのか?
深く考えました。まず信頼を得る、そのためにまず自ら注文を取ることから始めようと思いました。

診療所の先生から信頼を得て注文を貰う事で少しずつ三星堂のセールスとコミュニケーションが取れるようにもなりました。

三星堂では8時半から全体朝礼があり8時45分頃全員が席に戻るので各社プロパーは8時40分頃に集まり朝礼終了とともに商談が行われていました。
私は朝8時半前に三星堂本社に出勤する事にしました。

大きく変化してきたのは、朝の出勤時間を8時頃にした時からです。
8時過ぎ三星堂に出勤するとチバガイギーのプロパーだけが来て、ゆっくりとセールスと話しをしており、これならいっそのこと私が一番に行こうと考え8時前には出勤するようにしました。
そうすると三星堂のセールスの出勤時間がわかり、セールスの仕事への取り組み姿勢が見えてきて誰と取り組むのが良いのか良く解るようになって来るし、大事な仕事はこちらのペースで話が出来るようになりました。
またそれを継続する事で、次第に信頼を勝ち得ることになりました。

部長を初め三星堂の幹部社員は朝早くから出勤されており、その方々からも声をかけていただけるようになりましたし、3ヶ月、半年と続くと先方から今月の対策はどうするかとの相談をうけるようになり、8時半過ぎるともう診療所へ廻れるようになり他社から切り替えるチャンスを多く得る事が出来ました。

どんな時にも、常に目的を持ち、目的達成に向けた取り組みを考えて実行し継続する。
それがいかに大きな成果に繋がるかを、身をもって知る事が出来ました。
その後、ルートプロパー制からエリア制に変わり、神戸地区のリーダーとなり三星堂を中心とした営業政策を行っていきました。
また三星堂本社担当としてセールス業務(卸しとの営業活動)の補佐を行うことも多く、薬品事業のビジネスモデルについて理解する事が出来、どのような政策、対策を採る事が会社にとってプラスになるのか分かるようになりました。

私が入社した年に現物添付廃止になり開業医、個人病院への商品の売り方が変わりました。
現物添付とは1箱薬を買えば、もう1箱ただで貰える、すなわち2個で1個分の料金であったり、10個買えばカラーテレビがプレゼントされたりとかで、本当の意味での営業でなく、条件によって薬を買ってもらう仕事になっていました。

そういう転機の時期に私が入社したのは良い経験でした。
先輩から仕事を教わるのでなく自ら仕事を考える姿勢ができたと思います。
また大阪薬品で働く事でシオノギの厳しい営業活動を間近で見てそして勉強できた事が大きかったと思います。
今までと違った仕事でも、柔軟に対応できようになり、考え行動する事ができるようになりました。

当時は官公立病院ではほとんど値引きはなく、その差額はドクターへの対策費として販促活動に使用され、多くは交際費に使われていました。
そのため、卸しに納入される価格は薬価に近い価格で納入される事がほとんどで値引きは売れた時に個々に値引き処理を行う事が多く、場合によっては値引きの少ない商品と値引きの多い商品が差し替えられ不正な値引き処理が行われたりすることもあったようです。

その時から原価管理、単品管理の必要性など考えるようになりました。

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